由良野の森は、愛媛県上浮穴郡久万高原町にある。久万高原町は、愛媛県の県都・松山の中心市街から南に向かって車で約1時間。その名があらわす通り四国山地の山あいにある中山間自治体だ。日本七霊峰・石鎚山系の西に位置し、なるほど霊験の高さも頷けるような神々しいばかりの自然に囲まれている。
今回で3回目となるHolicsワゴンのお目当ては「NPO法人由良野の森」代表の鷲野宏さんと陽子夫人だ。9月から11月にかけて、3度お訪ねすることになったのだが、その間にも由良野の森は、その姿を変えて季節の移ろいを来る者の目に楽しませてくれた。
宏さんの母方のお里である久万高原町に鷲野夫妻が居を移したのは2004年。NPO創始者である医師の清水前代表と共に活動を始める。
同NPOは、木を育てる活動や、由良野の森でのさまざまな活動に参加することで里山への理解を深めてゆくことを旨として設立され、「ブナの森づくりプロジェクト」を中心に、ゲストハウス運営や、陽子さんの指導する草木染や機織りをはじめとする里山体験プログラム、子供向けの山遊びプログラム、外国人との交流事業(「Meet the world」)など、持続可能な社会づくりに向けての様々なアクションを起こし、今も進化し続けている。
結果、山を分け入ってたどり着くこの場所へと沢山の人々が参集し、夜は星明りしか見えない山小屋が交流と創造の一大拠点といった体をなしている。
失われた奥山を取り戻す
「ブナの森づくりプロジェクト」は、鷲野宏代表のライフワークともミッションとも呼べるもので、まさに人生をかけて、いや世代を超えて取り組みを受け継いでいこうとする息の長いプロジェクトだ。
典型的な戦後の林業は「効率的に住宅市場に木材を供給するための工場」として森を位置づけ、スギやヒノキの単一種を育成し、機械で一気に皆伐する形をとってきた。その結果、かつての生命の多様性にあふれた豊かな山がもっていた様々な機能が失われてしまった。山の土壌保全力の低下は、豪雨時の土砂災害などとなって既に実害を及ぼしている。放置林は、シカやイノシシなどの増加を招き、里に下りてきて畑を荒らしたり人に危害を加えたりする獣害をもたらす。
歴史をほんの少し前にたどれば、「奥山」と呼ばれる手つかずの天然林があり、そこは獣も含めた生態系のバランスが保たれていた。生態系の頂点には、シカやイノシシの捕食者であるオオカミが君臨し、それぞれの種の数を一定の範囲に保つことができていた。そのオオカミを駆逐してしまったのも、言わずもがな人間である。
全国の中山間地の例にもれず、久万高原もまた過疎高齢化が進み、山林の荒廃や獣害は益々増えていくことが予想される。
「もう一度奥山を再生し、自然と人間の共生が成り立つ環境を取り戻すことに今手を付けなければ手遅れになる。」という、やむにやまれぬ思いで、宏さんは、この遠大な取り組みの第一歩を踏み出した。元々この地域に生えていた在来種の木々のタネ集めと、苗木の育成、植樹がそれである。
様々な在来種樹木のタネを集め、多様な奥山の天然林を再生しようとするこの取り組みが「ブナの森づくりプロジェクト」という、あたかも単一種の樹木によって構成される森を目指しているかのような名称であるのには理由がある。ブナの木は、何年かに一度しか沢山のタネを落とさず、タネ集めが最も難しい。ブナの木を沢山増やすことができたなら、他の種類の樹木は言うに及ばずで、このプロジェクトは成功したといえる。ブナは、まさにこの果敢なチャレンジを象徴する木なのである。
「生態系のバランスを取り戻すために、いずれは、絶滅したニホンオオカミの代わりに外国のオオカミを、移民の受け入れのように山に連れてきて放したらどうかといった議論をすることも必要になるかもしれませんが、今はまだそんな段階にすらなく、彼らに暮らしてもらう場所である奥山の再生の、そのまた更に初期段階でもがいている状態です。こうしてる間にも、様々な木のタネが失われてしまっているかもしれないと思うと居ても立ってもいられないのです。」と宏さんは語る。
その姿は現代のグローバルな資本主義社会システムの大波に一人で立ち向かっていくドン=キホーテのようにも見える。誰も見向きもしない、聞く耳を持たないという状況から挑戦は始まり、まずは問題を認識している大学教授などの有識者から口説いて、賛同者を一人ずつ増やし、さまざまな体験交流事業を通じた啓もう活動と並行しながら、一歩ずつ歩みを進めてきた。遠大なビジョンの中からすればごく小さな一歩かもしれないが、未来を切り開く力強い一歩だと感じる。
とはいえ、いまだ日本の山林行政に、奥山の再生は含まれておらず、国庫補助も大部分が皆伐方式の現代林業に注がれているのが現実である。法制度の変革も、経済的な持続性の下絵づくりも、詳細不明の地権者の特定と協力要請も、ほぼ全てのことを自らの手でゼロから始め、トライアンドエラーを繰り返すという過酷なプロセスの真っただ中だ。
ただ気づいてしまったから
現代資本主義の尺度で考えれば、非効率で私益にならないようなことを、なぜ大変な苦労をしてまで取り組もうと思ったのか、宏さんに尋ねてみた。
「阪神淡路の震災の時、災害ボランティアをしたんです。災害の時って、自分の利益のこととか考えずに、まず飛び出すじゃないですか? 行ってみてから現場でいろんな問題があることに気づく。そこに集まった人は目的が同じだから、これは僕の仕事とかそうじゃないとか言わず、できることを何でも協力してやる。お互いが助け合うことと、お互いを決して傷つけないということがルールとして出来上がっている。大体そこに法制度が介入しだすと崩壊し始めるんですよ(笑)。山に対しても同じ気持ちです。このままではヤバいとたまたま気づいてしまったから、取り組んでいるまでです。他の人がやってくれて、なんとかなりそうなことであれば僕はやる必要がない。自分が今やらなければマズいと思うことだから、やれるうちにやろう。体だっていつまで動くかわからない。他のことは誰かに任せればいい。あとでやっとけばよかったと思いたくないんです。」
宏さんは、奥山再生の第一人者にふさわしい力強い言葉を、しかしながら大上段に構える風でもなく、ごく自然に紡ぎだしている。
「決して世界を変えよう、なんて思ってないんですよ。日本にある四国島の、ごく一部の山のてっぺんを少し前の状態に戻そうとしているだけ。それでもタネを集めるだけでも四苦八苦している。簡単じゃないんです。だから、例えばオオカミのことなんかは、次の世代が考えてくれたらいい。次のことを次の人たちが考えられるよう、今の人たちがやれることに取り組んでいるだけです。」
「環境問題などというと革新的な政治思想と結び付けて敬遠する人もいるけれど、日本には伊勢神宮の森という天然林を守ってきた歴史があって、まさに日本古来の保守思想ともいえるんです。日本人の自然観、世界観を象徴する取組なんですよ。」
強い信念を持ちながら、それを誰に強制するわけでもなく、また誰かを非難するわけでもなく、ただ自分事として、ひたすらに今できる一歩を進めていく。
由良野の森が訪問者にもたらすもの
この嘘偽りのない純粋な熱い思いと、それをしかし決して誰にも押し付けず、来る者を拒みもせず、去る者を追いもせぬ懐の深さやそよ風のようなさわやかさは、宏さんのみならず、かけがえのないパートナーである陽子夫人や、3回目の訪問の時、一緒に「Holics鍋」を囲んでくれた若き獅子たち(現在、大学生と高校生である鷲野家のご子息)にも共通しているようだった。
1度目の訪問の折、陽子さんは、由良野の森に来る前に4年間を過ごした西表島での神秘的な体験の数々を、時間を惜しむことなく披露してくださり、それらの体験や、そこで学んだ草木染や機織りの技が由良野の森につながっているというお話をしてくださった。
2度目の訪問は、その西表島時代の、草木染と機織りの師匠である石垣昭子さんを陽子さんが招いてのトークイベントに参加させていただいたものだった。
石垣島の風景や島の草木で染められた織物の美しさもさることながら、それらを生み出す源泉たる、島の草木の一つ一つに宿る目に見えぬ力の存在を大いに感じることのできた時間であった。誤解を恐れずに言うならば、それら自然界に存在している目には見ないが大きな働きをする力は、この由良野の森においても鷲野一家が守ろうとしているものであり、由良野の森を訪れる者たちに大いなる恵みを分け与えてくれている存在でもあるのではないかとおぼろげに感じた。
ところで、「Holics鍋」には、実はもう一人、ゲストハウスに長期滞在していたイスラエル人のニコさんも加わってくれた。
ニコさんに、日本各地にある誰もが知っているような他の観光名所ではなく、わざわざ四国の山深いこの地になぜやってくるのか尋ねたところ、「日本の精神文化や本当の暮らしを感じられる場所に行きたいと思ってたどり着いた。」という答えが返ってきた。
ここでは、自然の恵みや季節や、鷲野ご夫妻の言う日本の自然観、世界観を感じながら、夜は火を囲み、酒を酌み交わしながら、お互いのことを語り合う。
訪れる人も、もてなす側も、相互に心を開き合い、与え合う。そこに損得勘定はない。
ちょうど、自然が無償の恵みを分け隔てなく与えるように。
こうしてつながり合った関係や、その関係性の中で過ごした時間、そこで得た気づきは、人生の新しい扉を開いたり、新たな関係性を育んだりするもののようで、たとえばニコさんのつながりでイスラエルから遠路由良野の森を訪ねる旅人が続々と現れ、一つのイスラエルコミュニティがこの場所に出来上がったり、逆に、鷲野家の長男・天音君のようにニコさんのご縁をたどってイスラエルに渡り、遠い異国の地でまた新たな出会いを重ねたりなど、そのことを示す事実を上げればきりがない。
ちなみに鷲野ご夫妻が語学堪能であることも手伝って、由良野の森のゲストハウスには、イスラエルに限らず、様々な国から、うわさを聞き付けた外国人が集まってくる。そばには古くからの遍路道のもあり、欧米からも人気の高い四国八十八カ所巡りの外国人巡礼者もこの宿でしばし旅装を解く。
わざわざ四国の山奥を目指してやって来るそれらの旅行者は、由良の森の自然や鷲野ご夫妻のお接待から、豊かな時間と忘れがたい体験を一方的に得て帰るということではどうもないらしい。ニコさんのように、宏さんの森づくり活動を手伝ったり、陽子さんの主催する多文化交流イベント「Meet the world」に参加したりと、反対に彼らの持っている時間や力を喜んで与える傾向があるようだ。
陽子さんは言う。
「こうして、人や自然とつながって、今までとは別の世界観や考えてみなかった価値に気づくと、その後の生き方が変わる。今の日本の若い人たちにぜひそれを体験してほしいのよね。」
「日本には今、沢山問題もあるけど、安全やもてなしなど、先進国と言われる国々が目指しながらいまだ到達できていないような環境・文化もある。日本には八百万の神様がいる国じゃない?だから、どんな宗教や文化の違いも乗り越えて世界の人たちを受け入れることができるのよ。だって、八百万が、八百一万になったところで、変わらないじゃない?こんな国はなかなかないと思う。日本人は、もともと持っていた自然観や世界観を思い出すだけでいいのよ。それこそが『平和で持続可能な世界』につながる道やと思う。」
文化や宗教や言葉を越えて、人や自然とつながり、ただ受け入れられていると感じることのできる時間と空間。大いなる自然に包まれ、知らなかった世界に窓が開かれて、昨日までとは異なる視界が広がるきっかけとなる場所。この森を目指して、世界のあちこちから人々がやってくるというのも、なるほど至極当たり前のことのようにも感じられる。
所有ではなく関係性
由良野の森が心地よく、誰もが無条件に受けいれられているような安心感や一体感を覚えるのは、自然あふれる景観や、鷲野ご夫妻の懐の深さ、温かさによるものであることは間違いないのだが、さらに紐解いていけば、その背景にある、自然からの無条件の恵みであり、それを守らんがための宏さんの無私の行動であり、ここを訪れる人たちに対する陽子さんの見返りを求めないもてなしの心であり、またそこに自然と呼応する旅人たちの感謝の気持ちであり、それらの一つ一つが織り成す相互作用であろうと思う。
我々が由良野の森を発つ直前、宏さんが語ってくれた言葉が、この場所の魅力をよく表現している。
「人間は何でもコントロールしたがりますが、自然の中にいるとその考えの愚かさに気づかされます。
生きるためには呼吸は必要ですよね?
でもあなたの吸った空気は、別の人の吐いた空気でもある。その人が好きであっても嫌いであってもあなたは選べない。そのようにあなたは、人間を含む自然界の全てとつながっている。否が応にも関係しているんです。
同時にまた、その吸った空気をあなたが自分の中に押しとどめようと思っても絶対にできない。人間にとって一番大事なものであるはずの空気ですら所有できないのです。人間はあらゆるものを所有したがるが、自分の人生だと思っているものですら、自分の所有物ではないと言えるのかもしれない。
ですが、ひとたびあなたが空気を吐いてしまえば、新しい空気がまた入ってくるように、あなたの起こした作用は、必ず反作用としてあなたに帰ってくるというのが自然の摂理なのです。
そのように、所有でなく関係性を重んじ、相互に傷つけるのではなく支え合う、という自然観に立つことができたら、人々の次の行動はおのずと変わっていくのではないかと僕は信じています。そう確信しているからこそ僕は活動を続けることができるんです。」
ワンネスでハッピネスな「Giveの循環」が、この場所には起きている。
(レポート:せとうちHolics 兼頭一司)